40代ナオコのダンス・バレエ経歴

私のこと

今回は私のダンス・バレエ経歴を紹介したいと思います。

この記事の内容

子供時代

  • 新体操(日本、8歳)
  • ジャズダンス(日本、12〜13歳)
  • バレエ(日本、14歳)
  • バレエ再開(日本、19〜21歳)

大人時代

  • ラバン・ダンス記譜法(フランス、パリコンセルバトワール、31〜34歳)
  • バレエ(オーストラリア、42歳〜44歳)
  • バレエ(フランス、45歳〜)

子供時代

新体操(日本、8歳)

同級生にさそわれて香川県高松市の新体操クラブに通っていました。

ボール、フープなどの手具を習っていました。リボンやこん棒は上級生用で「リボンいいな〜」と羨ましく思っていました。

1年ぐらい通っていた時に、先生に呼び出され、大人3人ぐらいの前で、「ちょっと飛んでみて」と。

いわゆる、バレエのグランジュテみたいなのをさせられて、「あなた、新体操もっと本気でしてみたいと思う?」と聞かれ、当時の私は大人に囲まれているだけで、緊張してこわかった記憶があります。

その後、クラブのコンペティションを目指すチームに入れてもらったのですが、引越しのため、続けられませんでした。

ジャズダンス(日本、1213歳)

大人と混同のダンスクラスに入会。先生は若くてバリバリのダンサーでした。

大人のダンスに圧倒される。

バレエ(日本、14歳

ジャズダンスからバレエに変更。当時は宝塚歌劇団を受験をしたくて、ダンスを基礎から学ぶために、バレエへ。

しかし、宝塚への情熱がさめ、引越しなどでバレエ中断。

大人時代

バレエ再開(日本、19〜21歳)

大人になってから、バレエへの情熱が再発。

当時は平日週2、3日横浜のチャコットに通って、土曜日はスターダンサーズバレエ団のオープンクラスに通っていました。

体型とかにもすごく気を遣っていた時期で、170センチ、体重49キロぐらいでした。

バレエ熱が高まりすぎ、チャコットに教えに来てくれていた現役男性バレエダンサーの先生に「本気でバレエをやりたいんです。」と打ち明ける。先生から「日本でバレエのプロになっても趣味でやっているのと変わらない(=生活できない)。」と教えていただき、愕然とする。

当時は本当にバレエをやっていきたいと思っていたので、ショックで、バレエ熱が一気に覚める。

ラバン・ダンス記譜法(パリコンセルバトワール、31〜34歳)

みなさんは、ダンス記譜法というのを聞いたことがありますか?

音楽に楽譜があるようにダンスにも動きを表記するという方法があります。

現在世界で使われている記譜法は二種類あって、ラバン記譜法ベネッシュ記譜法というものがあります。

パリのコンセルバトワールに入学しラバン記譜法習いました。

コンセルバトワールの記譜法過程はプロのダンサーのためのコースでしたが、プロ経験なく無事入学、卒業。

趣味ではなく学業として学びました。

(めちゃくちゃ厳しいカリキュラムで学生たちは少なくとも一回は「ヤバいほどまいる」状況に陥ります。)

バレエ(オーストラリア、42歳〜44歳)

オーストラリア、シドニーにいるときにバレエ熱再発。

当時60歳ぐらいのワガノワメソッドを学んだ男性の先生がやっているバレエ教室に入会。初心者コースから1年ぐらい経って上級者コースへ進む。

コロナや、先生の怪我などで一時中断。

2022年からポワントシューズを習い始める。

シドニーのバレエ教室にて。ポワントレッスン中。
先生とポーズ写真をして遊ぶ。

バレエ(フランス、45歳

仕事でフランスに転勤。

現在週3回レッスン(中級コース、中・上級者コース、ポワント)に通っています。

このように、バレエ歴自体は少ないのですが、子供の頃からダンスが好きでした。

親の仕事の関係で子供の頃引っ越しが多く、一つの習い事を続けられないという状況でしたが、今思うといろいろ体験できたのも良かったと思っています。

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